上前津の歴史

November 25, 2008

大直禰子(おおただねこ)神社(俗称:おから猫)

久しぶりに上前津歴史探訪です。今回は、地下鉄上前津駅12番出口から南へ徒歩数十秒のところにある「おから猫」と呼ばれている小さい神社へ行ってきました。

大直禰子(おおただねこ)神社(俗称:おから猫)

ここの神社は正式には「大直禰子(おおただねこ)神社」と言い、大直禰子命を祭神としている神社で、どうも「猫」を祀っているわけではないらしい

階段右手の立て看板にも

「尚当社は古来より「おからねこ」の俗称を以て猫の守護の如く云ひ慣ひしも祭神とは何ら関係なきにして家内安全無病息災の霊験あらたかなるものなり」

と、書いてありました。

では、なぜ「おからねこ」と呼ばれるようになったのか?
名古屋市博物館発行の「昔の前津」に書かれている一節によると、

「昔、鏡御堂というお堂の中に狛犬(こまいぬ)の頭が一つまつられていた。人々は狛犬を唐(から)の猫と思い、「おから猫」と言っていた。江戸時代後期には御堂も狛犬の頭も無くなってしまったが、傍らにあった榎の大樹が朽ち果てて、根だけが残っていたのを、「おから根」とも「おから猫」とも呼ぶようになった。」

ということらしい。

その後いろいろと調べていくと、この神社は疫病に大変よく効く神社ということで、その昔は大変人々の信仰を集めていたらしいです。

私は未確認ですが、その証拠に、現在の丸田町交差点近くには、熱田神宮とならんで「おからねこ」の方角を示した道標が残っているらしく、このことだけでも当時はすごく信仰を集めていた神社だったということがわかりますね。

■住所
名古屋市中区大須4-11-20
■営業時間
定休日:無休

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December 09, 2006

風光明媚な上前津?

今でこそ名古屋市中区上前津周辺は、オフィスビルやマンションが立ち並んでいるが、その昔はとても風光明媚な場所だったらしく、かの葛飾北斎冨獄三十六景の中で「尾州不二見原」という上前津にあった富士見原(不二見原)を描いている。

江戸時代の上前津は「前津小林村」と呼ばれ、村の大部分は水田や畑であったが、城下町に隣接していることや、「富士見原」と呼ばれる眺望の良いところがあったため、武士や町人の別荘があったり、画家の住居などが点在していて、あの尾張藩兵法指南役の柳生連也 (名は厳包(としかね)) も晩年は前津小林に屋敷を賜っていたそうです。

そして、明治の初期頃までは狐がウロウロしていたという上前津周辺も、少しずつ変化しはじめ、今の大須万松寺境内に菊人形や珍花を見せる「黄花園」や、 伊藤博文も訪れた「東陽館」という山あり、池あり、巨大な集会場あり、温泉、料理店、遊戯場等々があった大遊園施設も建てられたということです。

その後も、当時263万人もの観光客が訪れ上前津の発展に多大なる貢献をした「第10回関西府県連合共進会」や、今の東山動植物園の前身「浪越教育動物園」、百畳敷の大広間や大プール、千人風呂まであった遊園地 「名古屋新世界」など、 次々に新しい施設ができ、催し物が開かれた。

当然市電も走り、当時精進川という名前でよく氾濫する川だった現在の新堀川も、開削によって住みやすくなったということも発展につながったということだ。

こうして歴史を振り返ってみると、上前津周辺って昔は一大観光地だったんですねぇ。なんだか上前津の歴史、面白くなってきた(^o^)

今度はカメラを持って歴史探検してみよっと。

 

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